悠久の風というか、有休の風邪。
2006/09/18 19:44
先日購入した、NintendoDS版ファイナルファンタジーIII(以下、 "FF3")をクリア。
ご多分に漏れずやり込み要素もある様だが、程々にしておこう。
同作のオリジナルであるファミコン版には、当時愛着はなかった。というより、嫌いだった。
最大のウリであったジョブチェンジシステムも、特定ジョブでの攻略を前提とした箇所が作中何ヶ所かあって、(この点に限り)当時喧伝されていた「攻略の自由度」と矛盾していた様に思う。
FF3といえば途中セーブが一切出来ないラストダンジョンばかりが強調されるけど、ぼくにとってはにはその少し手前、その時点では攻略出来ないはずの分裂モンスターがザコ敵として登場するダンジョン、「古代遺跡」が同じくらい凶悪だった。あとは、それまで自由に出入り出来た「ドーガの館」が、なんの前ぶれもなく唐突にダンジョン化してしまったこととか。
まぁべつに、細かい不備をあげつらうことが本意ではない。
FF3は今にして思えば、今日のコンピュータRPGでは珍しくなってしまった、本物の「ゲーム」であったことを認めなければならない。上に挙げた問題も、同作が十分なゲーム性を持つ故と言えなくもないし、また、ぼくの不十分な攻略による部分が多分にある。
もっとも、皮肉なことではあるけど、RPGが「ゲームではない」(より穏便に言い換えれば、「ゲーム性は二の次でも構わない」)という悪しき傾向のハシリとなったのも、他でもないファイナルファンタジーシリーズだと思うわけだが。
今回のリメイクではぼくの不満が大体解消していて、タイトルとしての完成度が大幅に高まった様に思う。
「古代遺跡」の分裂モンスターは「程よい難敵」程度に調整され、分裂モンスター攻略に必須のジョブである「魔剣士」の意義を強調することに、逆に成功している。また、「ドーガの館」が唐突にダンジョン化する不自然さも、ドーガの館から随時突入可能な別マップという扱いに変更されたことで解消した。
そんなことより、何と言っても4人の「光の戦士」に名前が与えられ、固有のキャラクターとなったことは、今回最大の改善点。
ファミコン版では4人の容姿が全く一緒、並んだところはまるで「おそ松くん」の様だったが、そのコミカルさと裏腹に、世界の破滅だのを扱ったシリアスなシナリオがやけにアンバランスに感じられた。こうした問題が、キャラクターを固定したことによって解決したのではないかと。
話のスケールが無駄に大きくてデタラメなところは、FFのお約束というか美点だと思うので、あえて突っ込まない。ただ、作中最高の「泣かせシーン」である(?)「水の巫女エリア、凶刃に死す」の場面。ファミコン版まんまのあっさり演出で、さっさとお亡くなりになってしまい、何やら珍妙な感じで残念ではありましたが。
ファミコン版を経験した強者には、弱体化した「闇の世界」の中ボス4体等に物足りなさを感じるかも知れないけど、それでも、ぼくのお勧めはやはりDS版。
ファミコン時代のFFをご存知ない方に、本物のゲームだった頃のFFを、今こそお勧めする。
